ピエールとジャスミン
カルガモのピエールは孤児でした。小さいころにお母さんを亡くして以来、お母さんの友達だったマリーがピエールの面倒を見てきました。
どこかへ出かけるときは、ピエールは他の子供たちと一緒にマリーに着いていきました。しかしマリーはピエールのお母さんより少し先に子供を産んだので、ピエールは他の子供たちに比べると少しばかり年少でした。他の子供たちはすいすいとマリーお母さんについていきますが、ピエールはついていくのに必死でした。
他の子供たちのほとんどは、ピエールを気にしませんでしたが、そのうちの一匹のジャスミンは、よくピエールをいじめていました。
マリーお母さんを追いかけていく子供たちのうち、ピエールが一人だけ遅れていると、それを見てはからかって、後ろから口ばしでつっつくのです。ピエールが疲れてもう歩けないと思っているところに、ジャスミンが口ばしでつっつくのですから、それは大変です。ピエールはもうへとへとな体を一生懸命動かして、ジャスミンから逃げていました。
ある日、ピエールがいつものようにジャスミンに追い立てられていると、ふと、いつの間にか、ジャスミンがどこかへ居なくなってしまいました。
ピエールはあたりを見回しますが、ジャスミンはどこにも居ません。
「マリーおばさん! ジャスミンがいなくなっちゃったよ!」
ピエールは大きな声で呼びましたが、マリーお母さんや他の子供たちは先に歩いて行ってしまっていて、聞こえていないようでした。
このままでは自分も置いてけぼりにされてしまう。ピエールはそう思うと、少し怖くなりました。見知らぬところで一人だけ置いてけぼりにされたら、きっと死んでしまうに違いありません。
でも、ピエールは、マリーお母さんたちを追いかけず、ジャスミンを探し始めました。
近くの草むらの中や、切り株の裏など、そこいら中を探しましたが、見つかりません。いったいジャスミンはどこへ行ってしまったんだろうと、もと居た場所に戻ってきました。
「ジャスミンー! どこにいっちゃったんだよ……」
ピエールはうなだれて言いました。
マリーお母さんはとっくにいなくなってしまっていました。もちろんジャスミンも見つかりません。ピエールは一人ぼっちで泣きそうになってしまいました。
「ピエール。ばかね、何を泣いているの。私はここよ」
小さく、そう呼ぶ声が聞こえて、ピエールは顔をパッと明るくしました。
「ジャスミン! いるのかい?」
「いるわ。ここよ、そう、こっちよ」
ピエールが声のする方へかけていくと、小さな側溝があり、ジャスミンはその中にいました。
「なんだ、こんなところに隠れていたのか!」
「まったく、もっと早く見つけなさいよ。ピエールったら、赤ちゃんみたいに泣きじゃくっちゃって、見ていられなかったわ」
「泣きじゃくってなんか、ないよ。さぁ、はやく行こう!」
ピエールは嬉しそうに言いますが、ジャスミンは悲しそうに首を振りました。
「ここから、出られないの」
驚いたピエールは、なんとかジャスミンを側溝から引っ張り出そうとしましたが、なかなかうまくいきません。年上のジャスミンは体が大きいので、それより幼いピエールの力では引っ張りあげられないようでした。
「どうしよう……どうしよう……」
ピエールはあわてて言いました。
「マリーおばさんたちも、とっくに行っちゃったし、このままじゃ……」
ピエールの目には涙がたまって来ます。また泣きそうになっているのでした。
次第に日が暮れてきました。あたりは暗くなり、遠くからは犬の遠吠えが聞こえてきます。
ピエールは恐ろしさのあまり、ついにくすんくすんと泣き出してしまっていました。
「ばかね、あたしなんて置いて、さっさとお母さんたちを追いかければよかったのに」
ジャスミンが呆れたように言いました。
「今からでも追いかければ、もしかすると偶然追いつけるかもしれないわ」
ジャスミンがそう言っても、ピエールはその場を離れようとしませんでした。ジャスミンが、夜が怖いのかとあおりたてますが、ピエールは違うと首を振ります。
「ジャスミンを、置いてはいけないよ」
ピエールは、右の翼で涙をぬぐいながら言いました。
「いつものろまな僕を、ジャスミンだけはいつも一緒について歩いてくれたじゃないか。だから僕も、ジャスミンがそこから出られるまで、ここにいるよ」
次第に夜が深まり、草葉には露が下り、空気も冷たくなって来ました。
ジャスミンが寒そうにしているので、ピエールは辺りから枯葉を集めてくると、ジャスミンにかけてやりました。それでもまだ寒そうなので、ピエールも側溝に下り、その小さな羽で、ジャスミンを包んであげました。
お互いをあたためあった二つの小さなぬくもりは、そして、朝にはなくなっていました。