04
部屋は青い影に満ちていた。黄色い月明かりを拒むように閉ざされたカーテンの隙間から、僅かに入り込む光に薄く照らされた室内は、手狭だった。その床は雑多に物が置かれ、足の踏みどころを探すのも難しい。積み上げられた荷物や棚で壁もほとんど隠れているが、その隙間から見える壁面は異様だった。その異様さは壁から天井へと視線を移すと一層あからさまになる。紙の細長く切ったもの、お札のようなそれが、あたり一面に貼り付けてあった。
壁も天井も埋め尽くすおびただしい数の紙札には、墨で、何か装飾された記号のような文字のようなものが書かれてある。印刷された整ったものではない手書きの、ところによってはよれて傾き、ところによってはかすれた、不恰好で歪な図柄だった。咒符であろうか、埋もれた床にまで貼りつめてあるその執拗さは、習俗化した伝統宗教のただの風習とは一線を画した行為であることが明らかだった。
閉ざされた部屋の中は静まり返っている。隙間からかすかに出入りするほんのわずかな風通しを除いて、なにもかもが静止しているようだった。
その空気を押し退けるように影が動いた。かき乱された空気の流れに漂うわずかなほこりが、窓から差し込む光の筋を横切って、チラチラときらめく。
〈消えない……〉
影は、その手に摘んだものを光に透かして、じっと見つめた。
人指し指を余らせて、親指と中指で摘まれているのは、小さな袋だった。ポリエチレン製のチャックの付いた透明の袋。その中には白い輪のようなものが入っている。
〈やっぱり消えない……〉
影は手の向きを変え、矯めつ眇めつ何度も確かめるように小袋を眺めた。
今まではこんなことはなかった。はじめはしばらく待てばそのうちとも思ったが、やはり消えない。明日になれば……次の日には……それがもう何日も続いていた。
〈あいつは確かに化け物だった……なのにどうして〉
やがて影は手を下ろした。身を屈め、そのままゆっくりと立ち上がる。頭が光の筋を遮り、下顎が照らし出される。歯並びのよい口元は横広く引きつらされ、堪えようとしても堪えきれず息を漏らすように、笑いがこぼれてきた。
暗い部屋に愉快げな声が染み入っていく。
〈確かめなければ〉
影は天を仰いだ。しかしその目は天井を見ていなかった。何も見てはいない。焦点は宙に浮き、瞳孔はあらぬ方向を向いていた。自分の思いつきに夢中になっているようだった。
〈確かめなければ……そのためには、もっと……〉
荷物に溢れ、あたり一面に咒符が貼りつめられたその部屋で、影は一人笑みをこぼし続けていた。